多田北烏
(1889〜1948/長野県松本市出身)
展示担当:前村文博(宇都宮美術館)
多田北烏は、大正期から昭和初期にかけて活躍したポスター画家です。かれが活躍した頃の日本は第一次大戦前後の経済成長を背景としてまさにモダニズム文化の勃興がはじまる時代でありました。また大量消費によって特徴づけられる都市空間が急速に拡大し、新しい消費スタイルも形成されはじめていきます。このような動向にともない「都市空間の演出者」たるべく商業デザイナーたちの活動も活発になっていきました。北烏の仕事はポスターのみにとどまらず、さまざまな領域で展開していきました。1922年に日本におけるデザインスタジオの草分け的な存在である「サン・スタジオ」を設立し、多くの後進の指導にあたるなど、デザイン教育の分野でも寄与しています。また1929年には同志とともに「実用版画美術協会」を結成し、「大衆のための美術」の発展を目指すべく、デザイン制作において図案家と印刷技術者と共同制作を重視するというデザイン運動をを領導していきます。さらに国定教科書のカラーの挿絵や講談社の絵本のさし絵などの児童文化の分野においても数多くの仕事を成し、当代随一の人気図案家として華々しい活躍を見せました。