| 大正ロマン27号 文化鼎談 美術館千夜一夜物語 テーマ:「 魔 性 」 |
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登場人物 (敬称略) |
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辻 泉 (松山大学人文学部講師) |
宮台真司 (首都大学東京都市教養学部准教授) |
高畠澄江 (高畠華宵大正ロマン館館長) |
| 華宵と「萌え」
高畠 今回の文化鼎談には社会学者のお二人にご登場を頂きました。今回は「魔性」がテーマですが、大正時代から現代にいたるまでの文化や社会の在り方や問題点について、多方面から議論できればと考えています。そのきっかけとしまして、お二人には大正ロマン館で開催中の展覧会(「華宵の少年画 チャレンジ展示:<華宵萌え〜>付き」)(1月15日に終了)をご覧頂きました。もともと展示というものが、たとえ歴史を扱っていても、常に現代社会へのなんらかの問いかけ、現代にリンクした部分があって、それを生かして行きたいという思いがありまして、今回は「萌え」ということに注目しました。 辻 <華宵萌え〜>という展示は、語弊を恐れずに言えば、「誤読」だと思います。なぜなら、当時「萌え」は存在しなかったからです。しかしながらこの「誤読」は、実に重要な問題提起を含んでいます。もちろん、現代においてオタクたちが、華宵の絵に「萌え」を感じることはありえるでしょう。しかし大正時代の受容形式とは明らかに異なります。そうした文化の受容形式の違いに重要なヒントがあると思います。 まず「萌え」の文化とは何かを説明しますと、いくつかの前提があります。たくさんのアニメとかゲーム、漫画の知識が見る側にないといけないんですね。もう一点は背景に大きな物語がないということ、例えば外国に追いつきたいとかそういった憧れがないところで、細々としたパーツといいますか、「これはあのアニメの目だ」とか「これはあのゲームの手だ」といったように微細なことに反応して楽しむのが「萌え」現象なんです。ですからそれを考えますと、大正時代には頭の中にストックされるほどのアニメやゲームのようなものはなかったでしょうし、なにより当時は大きな物語、西洋憧憬が背景にあったと思うので、現在でいうところの「萌え」という現象はなかったと思います。ただしそれでも当時の華宵の文化というものは、メディアを通して青少年が欲望を持つという文化が始まった原点、一つの現代文化の原点であると言えます。 またこれは、個人的な見解なんですが、どちらかといえば「萌え」は女性的な文化ではなかったかなと思います。政治的・経済的な成功への道が閉ざされている状況で、他者との「関係性の快楽」に戯れようとする作法は、「卒業式の第2ボタン」じゃないですけど、女性たちに花開いた文化だったかなと。華宵も女性に人気が高いですよね。この点で言えば「萌え」は、文化のある受容形式が、女性から男性に広まった現象なのかなと思ったりもします。 宮台 加えて申し上げれば「萌え」は「情報の過剰利用」です。一般に、絵なら絵、漫画なら漫画、映画なら映画には、物理的な情報量があるわけですが、それを受け取る享受する側が記憶のデータベースをあらかじめ持つことで、物理的に受け取った情報がそれ以上の様々な情報体験の引き金を引くという形で、物理的に受け取ったよりもはるかに大きな情報量を体験する。そうした体系様式が「萌え」のベースです。 大正時代にあったモダニズム志向のような万人の共通感覚は、「萌え」では前提にされていません。漫画なら漫画、アニメならアニメの、享受体験の記憶が豊富にある人だけが楽しめて、それ以外の人には楽しめないような、ある種の閉鎖性があるのが「萌え」なんです。普通の人間であれば「だから何?」というようなことなのに、記憶のデータベースを持つ特殊な連中ならそれを楽しめます。 「情報の過剰利用」としての「萌え」は、昨今のアニメや漫画やゲームなどいわゆるオタク文化の中で重要になってきた享受形式です。僕は「鉄道マニア」や「天文マニア」が、こうしたオタク文化的な享受形式の原点だと思います。なぜなら彼らこそ「情報の過剰利用」をする張本人だからです。「先輩、あと20秒で特急あさかぜと擦れ違います」とか「あと5秒で金星の触が始まります」みたいな(笑)。 ただ、最近は「萌え」という言葉の使われ方が拡張されています。例えば昨今のノスタルジーブームの中で「昭和30年代萌え」という言い方があります。他の国の連中が見たら何も感じないような日本の過去の文物に、日本人だけが懐かしさを覚えるといったことがありうるんですね。そのあたりならば、今日の「萌え」的な享受と、高畠華宵的なものとの接点が、ありうるのかなとも思います。 ところで、大正時代は「大正モダニズム」の時代ですね。モダニズムといっても、単に「近代主義」と訳しますと間違います。とりわけ二つの点で、独特の含意を持っています。第一は、辻さんがおっしゃったことに関連しますが、当時はなんと言っても「理想の時代」です。少年にしても少女にしても「共通の理想」を持っていました。少女であれば、「清く正しく美しく」。少年であれば、「明るく正しく強く」。家の理想的秩序に貢献するのが、少女。国体の理想的秩序に貢献するのが、少年。高畠華宵の絵は、そうした理想に身を捧げる少年少女の身体を描くところに、大きな特徴があります。 第二は、この時代は、東京で将来を嘱望させる近代的に開花された書生でも、故郷に変えれば横溝正史の『八ツ墓村』的な因習の中で暮らす両親がいたりする。銀座を「モボ」や「モガ」が歩いていると思えば、モンペやハッピを着た連中も歩いている。そうした具合に「光と闇が混在している時代」だということです。江戸川乱歩や夢野久作など『新青年』の小説家たちが、そうしたモダニズム的な「光と闇の混在」を描いていました。 そうした「理想の時代」「光と闇の時代」という意味での「大正モダニズム」の時代に活躍をしたのが、高畠華宵です。そこでは、少年少女の身体に刻印された社会の理想や、モダンな香りと因習的な匂いが混ざり合った両義性が、独特の魅力を発揮しています。 辻 よくいわれることですが、あの時代は一瞬のものだったと思うんですね。因習とモラルが入れ替わるそんな一瞬の魔力があるように思われます。 高畠 文化混交の中に一瞬の魔力があるってとても面白い表現ですね。華宵の両性具有性やトランスジェンダー性も一瞬の魔力だと言えますね。 大正ロマンとアングラ文化のロマンチシズム 宮台 僕は昭和34年、1959年生まれですが、早熟だったせいで、1960年代末以降のアングラ文化に触れています。1970年代前半はアングラブームがピークだった時代で、寺山修司の天井桟敷や、唐十郎の状況劇場の芝居が、客をたくさん呼べた時代です。そこでは、横尾忠則さんとか丸尾末広さんとか、高畠華宵的なものを意識的に継ごうとする若いアーティストたちも活躍していました。因みに中学生だった僕は、どっぷり浸かりました。 振り返ってみると、大正や昭和の「モダニズムの時代」と似たことが、1960年代の「アングラの時代」に起っていました。大正時代は急速な「都市化」が進展しましたが、同じように1960年代には急速な「郊外化」が進みました。すなわち、大正時代には、見ず知らずの人々と空間を共有するという新しい体験が生まれ、1960年代には、頼もしいパパと優しいママと皆に好かれるボクやワタシが団地家族を営むという新しい体験が生まれました。 そうした社会の急激な変化があると、人々は不安になって右往左往します。右往左往する人たちは、何か全体的なもの、すなわち今自分が見ている変転めまぐるしい現実とは別の大きなものに、帰属をしようとします。その意味で、「モダニズム的なもの」と「アングラ的なもの」とは共通して、目に見える具体的な事物とは別の、目に見えない曖昧で全体的な何かに、人々を吸引していく機能があったんですね。 例えば「両性具有」は高畠華宵の基本的モチーフですが、これは1960年代末から1970年代前半にかけてのアングラでも反復されるモチーフです。こういうことは、とりわけ若い世代にはなかなか伝えにくく、僕も苦労しています。僕は大学で大衆音楽史やサブカルチャー史の授業をしてきましたが、漫画やテレビや映画の作品を見せながら授業をしています。例えば、『ウルトラQ』という1960年代末に制作されたテレビシリーズや、『怪奇大作戦』という1970年代前半に製作されたテレビシリーズがあります。 両方とも円谷プロの作品ですが、モダニズム的な光と闇の混在を、強烈に見出すことができます。高度成長を経て完全に市民社会化したように見える同時代ですが、一皮めくると戦争の後遺症がどろどろと諸事物を覆っている。こうした作品群を順を追って見せながら、若い人たちを導いていけば、モダニズム的なものの真髄を、十分に理解させることが出来ると僕は確信しています。ただこれは手間がかかるんですがね(笑)。 辻 それは面白いですね。光と闇が同居している時代世界を今の若い人でも分かりうるということですね。「ウルトラQ」の中から一つの具体例を出しますと、「あけてくれ!(第28話)」っていう最終回がありますね。ロマンスカーに閉じ込められた男の目から窓の外の風景が見えるんだけれども、窓の外の風景は小田急ロマンスカーのモダニティーとは全く対照的な日本の風景の断片が映ってますよね。これはまさに先ほど宮台さんがおっしゃられたように、モボやモガの故郷にある「八ツ墓村」みたいな世界そのものを描いています。僕もまた、末っ子だったこともあって、早熟になりやすい環境に恵まれまして、本来「ウルトラQ」なども、兄や姉か、もっと上の世代の文化だったのですが、たまたま馴染むことができました。宮台 いい例を出してくださいました(笑)。小田急線こそは、1960年代の光と闇の混在を象徴する電車ですね。僕が中高生だった1970年代前半まで、小田急新宿駅の構内アナウンスでは扉を開閉を指示する業務放送で「海側どうぞ」「山側どうぞ」という台詞が使われていました。海側は江ノ島方向、山側は箱根方向です。右側左側という言い方だと、電車が折り返すので混乱するからですね。いずれにせよ、新宿というモダンな大都市の日常のど真ん中に、いきなり海とか山とかという非日常が貫入しているわけです。 そのことに注目した表現もいろいろあります。ロマンスカーを逢い引き電車として描く歌謡曲や、「小田急に乗って網走に行こう」という台詞で有名なピンク映画があったりしました。網走は、当時流行していた映画『網走番外地』に描かれる最果ての地です。そもそもロマンスカーという命名には、逢い引き電車とか駆け落ち電車というような、非日常的な匂いがありました。ことほどさように1960年代から1970年代前半にかけてはモダニズム的な光と闇の混在が随所にあり、それがアングラ的なものとして再生していたんです。 高畠 それはいわゆる時間とか空間とかというものを実際に移動することによって、それを体験することですね。でも私が考える1920年代のモダニズムというものは、むしろもう少し内面的なものなんです。その内面の中にある何かが別の何かに触発されて、感じたりそして自己表現をするといったもので、60年代のアングラとはちょっと違うかなという気がします。 宮台 確かに、アングラ文化では、空間的な表象の中に、光と闇の二重性を疂み込みます。それは大変特徴的なことです。「ここではないどこか」という表象──日常の中に貫入する非日常的な表象──が非常に重要だったんですね。でも、こうした表現こそが、実は直ちに江戸川乱歩などの『新青年』的なもの、大正モダニズム的なものに通じるんです。 実際、永六輔の「知らない街を歩いてみたい〜♪」という唄もそうですが、「ここではないどこか」に思いを馳せる表現が、繰り返し出てきます。「ここではないどこか」は空間的表象ですが、それを夢想せざるを得ない内面を象徴します。その意味で「ここではないどこか」は内面的表象なんです。そうした内面的表象が1960年代の若い人たちに大規模に好まれたことが重要で、まさにそうした時代に高畠華宵の影響を受けた一連のアーティストたちが出て来たわけです。 高畠 アングラ文化の中で、「ここではないどこか」とおっしゃるのは、現実に存在する場所なんでしょうか? 宮台 地名としてはそうです。 高畠 ところが1920年代の「ここではないどこか」というのは、もっと内的なもので、イマジネーションが非常に強く作用しているから、その辺りの違いというのはあるんじゃないかと思うのです。例えば同じ両性具有像が描かれたとしても、そこに根本的に違うものがあって、不可視な世界のどこかと、地上にある可視世界のどこかで遠くに行ったら別の自分を発見できる芽があるんじゃないかというのでは意味が全く異なってきます。1920年代の「ここではないどこか」あるいは「なにか」を求める気持ちというのは、一つの挫折というか、絶望から始まっているんです。それは恐らく産業革命から始まった近代化が西洋から日本にきていろんな期待や混乱があって、挫折や絶望に対峙したのが1920年代だったと思うんですが、そういう時期に求めた「ここではないどこか」は、汽車に乗って場所を移動するとか、見た事のない未知なものを見てみたいとかそういうものではなかったと思います。たとえたどりつけないことが同じでも。 宮台 高畠さんがおっしゃったように、「ここではないどこか」が実際に存在するんだと考える若者が1960年代に多勢いました。パレスチナだったり、北朝鮮だったり、キューバだったり、沖縄だったり、成田空港建設予定地だったり。でもご存じのとおり、「ここではないどこか」が実際に存在するという思いは、1970年頃を境にして完全に挫折します。 僕は1960年代後半を「政治の時代」、1970年代前半を「アングラの時代」と呼びます。政治への挫折がアングラを呼び込んだんですね。すなわちアングラにおいては、「ここではないどこか」が現実にはどこにも存在しないという断念が踏まえられています。実際に存在するけど辿り着けないというのとはちょっと違うんですよ。アングラの真髄は絶望の共有なんです。そこでは「ここではないどこか」が内面的なものに変っています。 その意味で「小田急に乗って網走に行こう」はアイロニーです。新宿駅における小田急のように、「ここではないどこか」という不可能性が具体的オブジェに託される。それが、1960年代アングラの共通モチーフです。足立正生の傑作映画『銀河系』でいえば、松葉杖や乳母車が「異世界」への扉になります。唐十郎の一連の演劇では、高円寺のぼろアパートの床下が「玄界灘」への扉になり、新宿の地下鉄が「犬狼都市」への扉になります。寺山の『田園に死す』では、渋谷のハチ公前が「津軽」への扉になります。でも「異世界」も「玄界灘」も「犬狼都市」も「津軽」も、もはや現実には存在しない場所なんです。最近でも唐十郎原作・脚本の映画『ガラスの使徒』(2005年)がアナクロ的に同じモチーフを反復している。そこではレンズ職人が磨くレンズが「不可能性への扉」になります。 高畠 なるほど。ということはかなり同質なものということですね。 宮台 そうです。だからアングラ系のアーティストが高畠華宵的なものに惹かれたんです。 辻 その点で、ライバルと称される竹久夢二よりも、高畠華宵のほうが、世間一般での知名度はどうか知りませんけど、はるかに、後の社会への影響が大きかったのは間違いないでしょう。宮台さんがおっしゃったように、後の文化において、そこかしこに高畠華宵的なものの影響が見られる。ポイントは、繰り返し述べられてきたように、「近代化する日本」という、変動の時代の一瞬の魅力を描き出したことにあると思うんです。この点で、大正ロマンと後のアングラ文化に同質性を見出す、宮台説に同意します。さらに言えば、1920年代と1960〜70年代は、別個の独立した時代と捉えないほうがいいようにすら思います。すなわち、戦争での中断こそあれ、決して断絶はしていない、一つの大きな近代化過程だったとすら言えるのではないかと。そう考えると、現代の問題点も見えてきます。ある程度の近代化が達成されて以降の、成熟社会(後期近代社会)を我々はいかに生きるべきかという問題ですが、これは後で論じましょう。 高畠 同質とはいっても、ここで言っておかねばならないのは、大正文化もアングラ文化も共に絶望から出発しているとはいえ、大きな相違点があることは否めません。宮台さんが「アングラの真髄は絶望の共有」にあると言われますが、一方ロマンティシズムはあくまでも「個人的見解」または「個人的個性」に基づいた精神運動なので、共有と孤独の差は大きい。もう一つの大きな違いは、大正ロマン文化の中には、“けなげさ”が表象されています。“けなげさ”には不安定な社会の中で、個人の心がゆらめくたよりなさとかはかなさがベースにあるので、大正文化の美しさはここから来ていると思われます。また大正時代は、現実生活の中に、旺盛な美的興味を示した時代でもあって、それが大正文化の特徴の一つと言えます。生活の中に美意識を取り込もうとする広がりは、勿論ウィリアム・モリスなどの西洋世紀末芸術運動の影響から来ています。 一方1920年代と60年代・70年代の間に横たわっている敗戦体験は、アングラ文化にとても悲劇的な影を落としていると思うのです。大正時代には、伝統(日本的)と改革(西欧化)の文化混交に直面した時、たとえば自由と抑圧というような両極へ向おうとする力が同時に働くことによる絶望感には、さっき申し上げた伝統的“もののあわれ”が影を落としています。アングラ時代の若者たちが、能力があるにもかかわらず虚脱的な絶望感のために「精神的不底」に陥ってしまった現象とでは、精神の方向性がまるで反対に働いていたと思われます。 大正ロマンティシズムは“もののあわれ”的美意識とでも呼んでいいような一つの救済があったと思うのです。大正時代には目には見えないけれども、存在の根拠となるような、日本人の心性の中に脈々と流れて来た宗教としての美を見ることが出来ると思うのです。だがその流れの糸が戦争体験によってプツンと切れてしまった。この悲劇は政治の問題よりも根深いし、深い傷の痕跡があると思えてなりません。ロマンティシズムには“もののあわれ”にもつながる永遠性へのあこがれがあって、華宵は光と闇の二重性を統合しつつも、地上には存在しえない原初体験としての理想像へと回帰していったのが、その両性具有像だったと思っているのです。 もう一度いえば、大正ロマンティシズムが美しいのは、滅びへの共感があって、アングラ文化の絶望の共有とは違う。如何に美しく滅びるかという願望が、旺盛な美的興味を誘起したポイントだと思っています。 敗戦後「美」という大義がアメリカ民主主義によって強引に現実の中に封印されてしまった。アンドロギュヌス願望には、精神化した肉体、肉体化した精神がさらに高みをめざして飛翔を続ける永遠の原理があるわけで、精神と肉体が一つになる瞬間が、辻さんの言われる「魔的瞬間」なのだろうと思います。エクスタシーです。ロマンティシズムではエクスタシーの瞬間を重視していますが、華宵の両性具有性も、この瞬間の具現化だと思っています。 夢二が1934年に死んで以来、1960年代に復活をはじめ、現在もその人気が脈々と続いていますが、そこには「滅びの美」をベースとした現実の男女の愛への共感がありますよね。この感性は日本人の歴史そのものであって、日本文化の基礎を形作るものだと思うのです。 同時代の華宵は、夢二の現実の男女を描き分けることをさらに進めて、愛のエクスタシーが合一化した両性具有という形で具現化したのだと思います。よく言われるように、華宵の描く人物像は無国籍、さらにはこの世に存在しない人物像だと言われますが、それはエクスタシーを伴う魔の一瞬の像だからだと思うのです。何であれ、魔的なものは現世に属するものではありませんからね。 高畠 もう一度いえば、大正ロマンティシズムが美しいのは、滅びへの共感があって、アングラ文化の絶望の共有とは違う。如何に美しく滅びるかという願望が、旺盛な美的興味を誘起したポイントだと思っています。敗戦後「美」という大義がアメリカ民主主義によって強引に現実の中に封印されてしまった。アンドロギュヌス願望には、精神化した肉体、肉体化した精神がさらに高みをめざして飛翔を続ける永遠の原理があるわけで、精神と肉体が一つになる瞬間が、辻さんの言われる「魔的瞬間」なのだろうと思います。エクスタシーです。ロマンティシズムではエクスタシーの瞬間を重視していますが、華宵の両性具有性も、この瞬間の具現化だと思っています。 夢二が1934年に死んで以来、1960年代に復活をはじめ、現在もその人気が脈々と続いていますが、そこには「滅びの美」をベースとした現実の男女の愛への共感がありますよね。この感性は日本人の歴史そのものであって、日本文化の基礎を形作るものだと思うのです。 同時代の華宵は、夢二の現実の男女を描き分けることをさらに進めて、愛のエクスタシーが合一化した両性具有という形で具現化したのだと思います。よく言われるように、華宵の描く人物像は無国籍、さらにはこの世に存在しない人物像だと言われますが、それはエクスタシーを伴う魔の一瞬の像だからだと思うのです。何であれ、魔的なものは現世に属するものではありませんからね。 現実と虚構とオタク文化 宮台 1920年代の華宵的なものの文化遺産があったから、1970年代のアングラ文化がありえました。ところがその流れはほどなく頓挫します。具体的に申しますと、「ここではないどこか」を現にどこかにあると思って探す「政治の時代」が挫折し、「ここではないどこか」はせいぜい心の中にしかないという具合に内面化をするのが「アングラの時代」でしたが、これは長くは続かず、76年頃に終わります。 それ以降はいわゆる「おしゃれの時代」に変わります。両方に共通するのは「ここはツマラナイ」という感受性です。ただ「おしゃれの時代」の特徴は、「ここではないどこか」から「ここを読み替えよう」という志向に変わること。細かく見ると、「ここではないどこか」の「アングラの時代」から、「ここを読み替えよう」の「おしゃれの時代」への移行期の間に、『ビックリハウス』的なパロディに代表される「しゃれの時代」がはさまっています。1970年代後半はまさしく「しゃれ」から「おしゃれ」へという時代でした。 「しゃれ」は、読み替えながらも「なーんちゃって!」と諧謔しますが、「おしゃれ」は、本気で読み替えてしまうという違いがあります。僕はこれを「ネタからベタへ」と呼びます。最初に音楽でそれが起こるのですが、同時代のカーステレオブームとウォークマンブームが直接的なきっかけになっています。カーステレオをかけながら走れば、何の変哲もない中央高速が「中央フリーウェイ」になり、ウォークマンでイエローマジックオーケストラを聞きながら歩けば、何の変哲もない東京が「TOKIO(トキオ)」になる(笑)。 そういう「おしゃれな読み替え」の直接的な延長線上に、80年代のナンパ文化があります。そして、その時代にオルタナティヴな道を示したのが、後の「萌え」につながるオタク文化です。オタク系は、ナンパ系と違って、「ここ」をおしゃれに読み替えるかわりに、もう一度「ここではないどこか」を求めます。それを僕は「異世界」と呼びます。でもアングラにおける異世界と違って、実際には存在しないという「断念の痛切さ」はありません。現実世界に機会がないから、異世界に代替的な機会を求めで安住するという風情です。 オタク的な異世界に遊ぶ作法が、さきほど述べた「情報の過剰利用」です。現実に背を向けて妄想の世界に遊ぶ作法の延長線上に、今日的な「萌え」のブームがあります。現実はあまりにもつまらないので、現実ではない虚構の世界に遊び、その際に「情報の過剰利用」を行なうわけです。ただし、今日的な「萌え」のブームを理解するには、もう一つ、1996年前後のエポックを知らなければなりません。 ナンパ文化とオタク文化との間にあった“階級落差”が、この頃に消滅するんですね。さっき言ったように、現実を自由自在に読み替えて──「現実の虚構化」──自在に乗りこなすナンパ系の連中に対して、そうした軽やかな振る舞いができない人たちがオタク系になって、虚構を現実の代わりに生きる──「虚構の現実化」──しかなくなる。だから、ナンパ系はカッコイイが、オタク系はカッコワルイ。これが“階級落差”と呼ぶものです。これが1996年ぐらいに終わります。ナンパ系もオタク系も、横並びの趣味に過ぎなくなくなります。「現実の虚構化」によって現実に乗り出す振る舞いが、「虚構の現実化」によって虚構に遊ぶ振る舞いに比べて、「実りがある」はずだという感受性が、消えるんです。 1990年代末、僕の大学院ゼミでは、男子学生のゼミ生の6割以上がギャルゲーマニアであることが分かり、僕は驚きました。ギャルゲーというのは元々は「美少女育成ゲーム」のことで、パソコンの中の架空の少女とコミュニーションしながら関係を深めて行く、アドベンチャー型ゲームの一種です。それで、驚いた僕が、彼等に「女にモテないからって、ゲームばっかりやってんじゃないぜ」と言ったら、院生の一人が「それはあまりにも古い考えですね」と返してきました。 彼が言うには、現実の女の子とつきあったことがないのじゃなく、何度かつきあったけどつまらなかったと。ゲームの中の女の子は、現実の女の子よりも感情的に豊かだし、コミュニケーションにも実りがあり、互いの絆も生まれると。《宮台さんは、現実が濃くて、二番煎じに過ぎないゲームは薄いと思っているようだけど、逆です。現実は薄いのに、ゲームは濃いんです。濃い体験を与えてくれる女の子がいるなら、現実に乗りだしてやってもいいというのが、僕等の感受性です》と言うんです。1990年代末までに、「現実が濃密で、虚構は薄い」「虚構は、現実の代替物だ」という発想は、薄くなりはじめるんですね。 さらに言えば、一般的に「現実と虚構」という二分法も機能しなくなってきました。現実と虚構の区別がつかなくなったということじゃありません。区別はついているけど、とりたてて現実のほうを尊重しなければいけない理由を見出せない。虚構ならざる現実には、魅力がないだけじゃなく、尊重するべき理由も見出せないというのです。これを「脱社会的な感受性」と呼び、そうした感受性を持つ人たちを「脱社会的存在」と呼びます。その象徴が2ちゃんねるです。 2ちゃんねる自体は現実に行われるコミュニケーションで、コミュニケーションの中では現実に言及もしています。なのにそのコミュニケーションはある意味で虚構的です。オフネットには存在しないルールや作法がオンネットを支配していて、そのルールや作法を知らないと手痛い傷を負ってしまいます。2ちゃんねるのユーザーの一部は、2ちゃんねる的なサイバー空間をそうした空間へと敢えて作りなそうとしています。そこには、現実をウマク生きられないからネットを生きるという向きも確かにあるけど、逆に、ルールを知らないヤツ──「厨房」と言います──はネットに来るなという感受性もあります。 辻 全く同感です。よく「現実逃避が問題だ」などと言われますが、問題の本質を見誤っています。あえて分かりやすく二分法にのっとって、挑発的な言い方をすれば、むしろ問題なのは「逃避したくなるほどの現実のつまらなさ」でしょう。もっと言えば、面白い虚構が減少していることのほうが問題です。実り有る虚構の情報が豊富にあれば、むしろ現実が豊かに感じられるはずです。そうした発想の転換が必要です。 高畠 それはその通りだと思います。確かに情報は面白いし、それゆえに豊かなものを与えてくれます。ただその極限が2ちゃんねるになってしまっているなら問題があります。カビ臭い考えかも知れませんが、誰かを利用して自分だけが得をする構図が見えなくはない、そういう着地法ではなくて、現実をうまく生きられなくて、情報の世界に行って、それでまた現実に帰って来るというのは、ある意味でのロマンティシズムと同質のものがあるわけですよね。それが例えば華宵の時代であれば異国趣味であったり歴史趣味であったりしました。今ここにいないもの、ここではないものに対する想像力の働きがあって、そこにどういうふうに関わっていくかということで、しかも一番大事な事は、ここ現実に帰って来た時の現実認識の深さが、その人のロマンティシズム思想の本質的な意味を決定することになります。つまり現実を認識するための根拠としてロマンティシズムがあるわけで、より内面的と言ったのはそういう意味なのです。実際には大正ロマンティシズムと呼ばれる思潮がどれほどの高度な意識に到達していたのかとかは別として、文化を追う方向性と言うか、文化の基盤の根は強く深く張っていたと思うのです。だからこそこの思潮が時間的に短いものであっても、後の時代への影響が大きいし、文化として質的に重要な問題を孕んでいるのではないでしょうか。 今のお話に出て来たように、とにかくその虚構体験をしない限り現実は味気ないんだということは、現実の意味を見つけるためにやるのか、それともそういう面倒くさいものではなくて、ただいろんなことをやっていることが面白いよということなのか、その違いというのはどうでしょうか? 宮台 いま高畠さんがおっしゃったことが、オーソドックスなロマン派的芸術論です。ロマン派によれば、芸術的な虚構とは、「現実から虚構へと旅立ち、虚構から再び現実へと帰還したときに、以前とは現実が違った趣きで感じられるようになるもの」です。ところが、ロマン派の中には、貧しい現実への帰還など考える必要がないという立場もあります。よく似た分岐がオタク文化の中にあります。オタクの世界がいわゆる「萌え系」と「セカイ系」に分かれて来ているんです。 「萌え系」はある意味で保守的で、『電車男』という流行ものに象徴されるように、「オタクだって本当は現実を生きたい(のに生きられない)んだ」というふうに、常識的な図式で理解できます。ところが「セカイ系」は違います。「セカイ系」とはラノベ(ライトノベルズ)と言われる一群の小説の周囲に集う者のことです。彼らは確かに「ここではないどこか」を追求していて、その意味では「異世界」に遊ぶオタク文化の正統です。ところが、その「ここではないどこか」にはもはや人間がいないのです。みんな壊れています。 優しさと残酷さを平気で同居させる人間、といえば正統文学の主題ですが、似て非なるもので、優しい自分と残酷な自分は解離(disassociation)していて互いに関係ないので葛藤もないといった主人公が出てきます。あるいは、カブト虫を殺すことと人間を殺すことととの間に何の差異も感じないような登場人物たちがあふれています。敢えていえば、人間的であろうとすると『電車男』の主人公のような「生きにくい系」になってしまうので、人間的であることを放棄することでラクになろうとする方向です。 高畠 それは人格放棄といいますか、人間放棄でもありますね。ということは狂気の世界へ行きたがっていると言えますね。それって非常に・・・ 宮台 マズい。僕はマズいと思います。僕自身、昔ナンパ師だったころに、そういう壊れた存在になっていました。ブルーコンタクトを入れて、金髮にして、羊皮の30万円の革ジャンを着て、女の子を引っ掛けまくっていました。そんな僕はしばしば「サイボーグ化している」と言われ、鬼畜なことも平気で出来ました。東浩紀氏が言うように小説の中でだけ解離的(disassocitive)であるのなら良いのですが、小説の外側を同じ作法で生き始める者が増えると反社会的な問題を生じます。社会学者の職分で、なんとか引き戻したいと思いますが、それを無理矢理やるとコミュニケーションの回路が絶たれるので難しいんです。 文化が下手な日本人の未来は・・・・・? 辻 現代の文化について、日本人の若者は文化の楽しみ方が下手であるような印象を受けるんです。80年代ぐらいにはこれからは文化の時代が来るというふうに言われました。つまり経済的な発展はもうないだろうから、これからは文化を楽しむ以外に社会の楽しみはないだろうと言われていましたよね。その十分なスキルを身につけないままに、どうも日本人が2000年代を迎えてしまったような印象があります。90年代は、やはり文化についても、「失われた10年間」だったのではないかと。 抽象的な言い方をすれば、今問題なのは、「成熟社会としての後期近代社会を我々はどうすれば、楽しく生きることができるのか」ということです。1980年代に「ネタ」として描いていた未来は、2000年代になると「ベタ」な現実になってしまったわけです。 高畠 10年を単位として次々に変遷して行く傾向や文化の在り方には、社会の様々な状況によるものですね。でも現代の若者の苦悩は、敗戦によってアメリカ民主主義が精神とか魂とかという人間の方向性をもぎとって、「現実」という側面だけを残してくれた。そして「さあ、これでやってみな」(笑)という気がしてならないのです。現代は「永遠性への感覚」というか、「純粋意識の方向性」を落としてしまっています。「哲学」のない珍しい時代ですよね。「哲学」や「美」や「倫理」の概念をもぎ取られた若者たちが、自分たちだけの力と思い込みで、次々と新しい文化を求めて試行錯誤しているのですね。宮台 90年代を通じて増えて来たのは、現実に乗り出してみたけれど、全く面白くないと感じる若者です。現実に乗り出してみたけれど、つまらないのは、なぜか。もちろん辻さんがおっしゃったように、「文化的な民度が低いからだ」と言える部分もあると思います。ただこの民度の高低たるや個人の責任ではありません。というのは、たとえ自分にどんなに能力や素養があろうとも、相手にも相応の能力や素養がなければ、濃密なコミュニケーションが出来ないからですね。 個人の責任ではない理由で、現実に楽しもうと思っても楽しめない人たちが大勢います。それは「臆病だから女性と付き合えない」という問題よりも深刻です。というのは、「臆病だから乗り出せない」のならば、個人的なスキルアップ・トレーニングを積めば何とかなりますが、民度の高低は社会的なものなので、個人の力ではどうしようもないからです。結局、現実がつまらない男の子は「現実の性愛」から少なくとも精神的に退却して──現実に乗り出しても気合いを入れず──「虚構の性愛」にコミットするようになり、コミットしてくれる同世代の男の子を見出せない女の子は、中年男に向かうようになっています。 辻 さっき宮台さんは光と闇の世界を若者に伝えられるとおっしゃっていましたが、一方で若者はそれを受け入れられないということもおっしゃいます。その辺りはどっちなんでしょう(笑)。 宮台 結局、民度なんです。個人的なスキルアップで対処できる事柄には限りがあって、最終的には、現実を実りあるものとして生きるすべを個人の責任で構築することは出来ません。現実を実りあるものとして生きうるプラットフォームが必要ですが、プラットフォームは社会的形成物で、歴史的にリソースを蓄積していくしかない。要は、人は文化の中で幸せになったり不幸せになったりするが、文化を個人が作ることはできないのです。 もちろん僕自身は、そうしたプラットフォームを再帰的に──意識的に──構築していきたいと思っていて、そのために教育行政や文化行政にいろいろと働きかけています。そうしないと、「セカイ系」の「脱社会的存在」が社会にあふれるようになります。正直言うと、僕自身、実存的にはそうした「脱社会的存在」になることの快楽や安楽を知っていますが、その快楽や安楽は、社会の大半が「社会的存在」によって占められていることを前提にしたもので、いわばパラサイト(寄生虫)です。これはマズイと言っておきます。 高畠 人生を楽しむということを一つの大きな目的として、さっき宮台さんがおっしゃったような萌え系があったりセカイ系があるということでしたが、その中では時間軸の発想というものがどういう意味を持っているのかを伺いたかったんですが、今その答えが出て来たような気がします。 宮台 ありがとうございます。ちなみに「セカイ系」の連中にとっては、時間軸に意味がありません。 辻 未来はないし過去もない。あえて陳腐な言い方をしますが、SFの世界が本当に現実化していまっているわけですね。 宮台 そうです。人間にとって時間軸とは「社会的存在」であってこそ意味を持ちます。実はここに重大な問題が提起されています。社会学者としての職分から僕が何を言おうと、実存の時限において人間が「社会的存在」であることに果たして意味があるのか。「社会的存在」としての人間を、生物種としての人間から区別して〈人間〉と表記すると、「私たちが〈人間〉であり続ける必要があるのか」という問いになります。 BBCのドキュメンタリーですが、バイオテクノロジーが発達した数十年後の社会を構想するんですね。バイオテクノロジーを使って遺伝子操作で身体的外形はいかようにも変えられる時代がやって来ます。人間がいまのような形をしている必要がなくなります。宇宙空間で働くために、別の惑星上で生きるために、原子炉関連の仕事をするために、もっと環境適応的な存在とするべく、「これはどうだろう」「あの形はどうだ」と大真面目に議論をするんです。BBCのドキュメンタリーによくあるアイロニーです。 とりわけテレビ第二シリーズの『攻殻機動隊』を想起すると、複雑な気持ちになります。そこでは、コンピュータ・ネットワークと、バイオテクノロジーと、ロボット化・サイボーグ化技術が発達した未来が構想されます。暗黙のモチーフになっているのが、身体の全体を擬体化(サイボーグ化)した元人間と、ゴーストハックないし電脳ハック(マインドコントロール)された人間と、人間化したロボット(タチコマ、原作ではフチコマ)などの間で、どれがいちばん〈人間〉的なのか、どれを守るべきか、という問いです。BBCではそこに、形がもはや人間とは思えない、遺伝子操作された人間が、付け加わるのです。 これは「人間が〈人間〉であり続けるとはどういうことか」「人間は〈人間〉でありつづける必要があるのか」という問いを非常に分かりやすい形で提示したものです。僕は、1952年にクリフォード・D・シマックという米国人が書いた『The City(都市)』というSFを思い出します。これは極めて過激で、以上二つの問いに「〈人間〉はそもそも人間によって構成されなければいけないのか」という問いを付け加えています。五十年以上も前に今日的な事態を見通した慧眼に驚愕させられますが、物語はあまりにも切ない話です。 二万年後の地球。文明化した犬社会が覆っています。犬社会は平和で戦争がありません。その犬社会に、文明化した犬の創造主で、かつ戦争をしまくった、「人間」と呼ばれる存在についての伝説が語り継がれています。かくも不完全な「人間」が、より完全な「犬」という存在を作れることがあるだろうか(ちなみにこれは、完全な「神」が不完全な世界を作るなどということがあるだろうかというスコラ神学的な弁神論を、逆向きにしたものです)。なので伝説の真実性を、犬社会の成員大半が疑っています。 伝説の中身が衝撃的です。人間は〈人間〉的であることを追求した結果、〈人間〉的であるためには人間は不完全過ぎるということになって、生来の〈人間〉性(善性)を持った犬に遺伝子操作を施して地球を譲り渡し、自らは〈人間〉的であろうとする目標を放棄して木星に旅立ち、外形どころか思考も感受性も全く異なるアメーバ状の「別の存在」になった。それから二万年たって、現在の犬社会があるというのです。この話を中学一年生のときに読んで、僕は大泣きしました。今でも思い出すと泣けてくるんです。なぜなのか。 〈人間〉的なものを追求するのならば、人間ではなく、むしろ人間ではない存在──犬やイルカあるいは人間が作り出した別の存在──に〈人間〉の道を譲って、自らは滅びてしまったほうが良いのかもしれない。こういう考え方は、遺伝子操作技術やロボット技術が発達すればするほど、ますますリアルになって来ます。オウム真理教は、こうした発想の一歩手前まで来ていました。僕が尊敬する無呼吸潜水記録保持者ジャック・マイヨールも、〈人間〉的なものを追求するのならば、人間ではなく、イルカを友達として生きるほうが良いと考えていました。人間を抹殺することは果たして無条件に反〈人間〉的なのか。 高畠 人間にないものを他の動物に託していって、よりそちらの方が優性であるとか、完成されたものに近いのであれば、人間はやめた方がいい。それはわかるのですが、その優性はどこで判断するのですか。 宮台 素晴らしい質問です。犬社会では、不完全な人間にそうした判断が出来るはずがないと思われています。まさにそこが僕たちにとってのポイントになります。そうした線引きは、未来永劫、恣意的である他はありません。現実にそうした線引きを実行した場合には、線引きの正当性(justifiability)は、必然的に「底が抜けた(unbounded)」ものになります。社会学は20世紀の末までに、そうした認識を確実に繰り込みました。キーワードは〈生活世界〉life worldです。 〈生活世界〉は元々はLebensweltというフッサール現象学に由来します。〈生活世界〉とは間主観的(inter-subjective)な自明性(self-explanatory characteristic)が支配する領域です。そこでは何ごとも当たり前で慣れ親しんだ(accostomed)性質をもって現れます。間主観的な自明性を共有する範囲が我々(we-relation)を構成します。こうした仲間意識(companion consciousness)や所属意識(belonging feeling)があって初めて私たちの社会では、本来恣意的な線引きに辛うじて自明性や受容可能性が与えられます。逆に言えば、〈生活世界〉が空洞化すれば、当たり前さが消えるし、当たり前さの上で支えられていた我々意識も消えます。そうすれば、善悪も個人の趣味に限りなく接近します。 こうした社会は長続きできません。個人が過剰負担に耐えられないからです。大抵の社会では、個人が必要とする便益の大半は、〈生活世界〉を共有する我々集団の自立的相互扶助(おカミを頼らない助け合い)で支えられます。〈生活世界〉が空洞化すると、相互扶助を支える「善意と自発性」が枯渇するので、「役割とマニュアル」に支えられた〈システム〉から便益を購入するしかなくなる。〈生活世界〉が〈システム〉に置き換わると、個人の選択肢が増えるので、一見すると「解放」されたように見えますが、実際には裏腹に、あらゆる齟齬や疎外が個人の選択失敗に由来するものとして個人に帰責されます。強力なプロテスタンティズム的な宗教性がないと、この負担に耐えられません。何もかもが個人の選択に供されるような社会は病的です。自明性の地平がある社会が健全です。 高畠 それで犬とかイルカはその当たり前さを持っているということですね。それは言葉を変えれば、いわゆる自然そのものが持っている無目的性と言いますか、要するにそこにあるだけのものであるというその凄さに直結して行きますよね。その中で人間は歴史を経て来た関係で、いろいろと汚れたり、本来の人間の善性を汚して来た。かつては人間の善性を規定していたのがキリスト教だったり仏教だったりするわけですが、テクノロジーの発達のおかげで、どんどん人間中心主義思想が大きくなり、利便性を追求すると時代の底は抜けてしまう。それでもう一度自然に帰ることによって、それらを復活させる可能性はありますか? 宮台 あります。ただ僕たちの社会にはもう「手つかずの自然」はない。「手つかず」に見えても、「これを残しましょう」と政治的に合意したものです。法律学でいう不作為。「選択しないという選択」です。それを前提にすれば、『The
City(都市)』では、既に底が抜けてしまった人間が、犬に遺伝子操作をすることで、底が抜けることのない文明的存在を作ろうとしました。人間にとって不作為を含めて恣意的な選択に供されるものが、決して選択できない自明性となるような存在を作ろうとしました。「自然に帰る」営みをラディカルに遂行するには、僕等はそれと同じこと──ロボトミー手術のような──を自らに施すしかありません。手術ならば、手術を受ける/受けないという選択が主題化されるので、強制する以外の方法では大半の人々が手術を受けるということはありえない。そこで登場するのが教育です。教育を通じて、先行世代にとっては意識的選択であることを、後続世代が疑いえない自明性だと思い込ませるしかありません。 これは動員ファシズムに見えるでしょう。でも教育とはそういうものです。教育とは何かを語るには、パーソンズによる社会統制と社会化の区別を知らねばなりません。社会統制とは、正負のサンクションで人間をコントロールするメカニズムです。それに対し、社会化とは、その都度のサンクションがなくとも、人間が自己推進的(自律的)に行動した結果として所期の社会秩序が実現するようにさせるメカニズム。フーコーの主体化に相当します。むろん社会化の途上ではサンクションの積み重ねが重要です。 社会化には、人為的なメカニズムと非人為的なメカニズムがあります。このうち人為的な社会化こそが、教育です。先の「選択しないという選択」の概念規定から分かるように、成育環境をいじるのもいじらないのも、それが人為的な振る舞いである限り、両方とも教育です。ミードによれば、社会化とは「人は一般にこうするものだ」というイメージの刷り込みですから、「一般的他者」ないし「任意の第三者」というイメージの刷り込みを人為的に行うことが、教育の中核ということになります。単なる知識の伝授とは異なる「教育の教育たる所以」を、社会学はそう規定します。 近代の社会では、教育の成否は二種類の評価軸で測られます。一つは人格システムに準拠した評価で、「それで子供が幸せになれるか否か」。もう一つは社会システムに準拠した評価で、「それで社会的な人材配分が有効になしうるか否か」。両者を連結するべく、「こうした人生コースを達成することで幸せになれる」という架空の物語を、“人は一般にそう思う”という「一般的他者」イメージの刷り込みによって、信じ込ませるのです。 抽象的には、教育とは、本来は恣意的な境界線を、必然的であるかの如く思い込ませる操縦です。すなわち、本来は自明でない事物を、自明であるかの如く思い込ませる操縦です。だから論理的にみて教育は動員ファシズム──動員による統合──である他ありません。そのことをキレイゴトではなく直視すべきです。教育にはロボトミー手術と機能的な等価性があるのです。違いは「当人が知らないうちに手術を受けさせる」ことです。 高畠 その恣意的な境界線が國や時代のもつストーリーによって異なるように、いろいろな時代や国によって、自然と人間との関わりも異なります。結局自然が当たり前にあるということが、人間にとっては何の意味もないことなんだということの認識が、人間の救済に直結するのではないかと。ですからやはり人間を当たり前に戻す一つのキーワードになるんじゃないかと思うんです。自然が人間に対して無関心であって、自然は何も思い煩うこともなくて、当たり前に存在していることの凄さというのは、本当にすごいことだと思うんです。 宮台 賛成です。ただ、昔と違って、「ただあること」の凄さに驚けること自体が、もはや非自明的な体験です。この非自明的で、ありそうもない体験を、年長者が設計したプログラムによって、年少者にどう享受させれば良いのかが、僕にとっての最大の関心です。 辻 僕は四国というのはいい場所だと思っていまして、さっきの社会の底が抜けている話を受ければ、自然があるという経験ができる場所だと思いますし、あとは歴史を知るという点においても、華宵の絵を見て大正ロマンを知るとか、本当に資源に恵まれている場所です。お遍路はその典型ですね。聞いたところでは、歩き続けているうちに、疲れやつらさを通り越して、ある種のトランス状態というか、自分と自然とだけが向き合う状態に入るという・・・。 高畠 そうですね。四国八十八カ所が人間の中の宗教性につながって行くという場、そういう伝統が生きている場ということは見事なことだと思います。瞬間であっても、人間の善性を甦らせる力をその場が持っています。 「魔性」のない社会は不自由だ 高畠 今の若者たちの中に「魔性」という、たとえばオカルティックなものとか占いが好きだとか、そういう部分というのはあるんですが、それは文化人類学などでいうところの民族社会や伝統社会にある「魔性」とは全く違うものとなっていて、本来の「あいまいなるもの」や「両義性」などとは無縁なもののように感じられます。たとえば自由と不自由ということにフォーカスをしますと、本来は不自由があるから自由へ希求していくという流れがありますが、逆に現代では不自由がない不自由さのようなものがあります。つまり現代に不自由さを生み出すことは可能なのかという懸念があります。それと若者文化がぎくしゃくするのは、魔的な部分、魔性的な部分というか、社会や個人を構成している目に見えないもう一つの大事な負の要素がなくなってきているからじゃないかと思うのです。正の要素と負の要素というのはフィフティーフィフティーの関係としてあると思っているのですが、負が現代社会の中でどんどん希薄になって、そぎ落とされていっているというようなことを実感しているんです。 宮台 それも賛成です。不自由を作り出せるかといえば、それはいくらでも出来ます。 高畠 誤解を怖れずに言えば、不自由さという意味からだけいえば、軍隊や戦争というのは不自由さの象徴です。 宮台 その通りですが、戦争にしてしまうと、ロボトミー手術と同じで、副作用が大きい。副作用の小さい安全な展開を期するべきです。それがまさしく教育のプロセスです。先に述べた通り、教育とは人為的社会化で、本来非自明的な境界線を自明であるかの如く思わせることです。幾つかあるメソッドの中で最も重要なものが「子供を不自由にすること」です。僕は辻さんともインターネットについて語り合ってきていますが、インターネットを通じた情報化こそ「不自由がない不自由さ」を象徴します。 先に述べたように、若い男の子たちの性的退却には、現実の性愛が希薄だからという側面があります。どうして現実の性愛に実りがなくなったのか。幾つか原因がありますが、インターネット化と結びつくのが「完全情報化」と「タブーの消滅」です。ロマンチックな性愛には相手を主観的に理想化する過程が不可欠ですが、それには勘違いや思い込みを許容する「不完全情報」が必要です。ネットを通じた「完全情報化」はそれを困難にします。同様に、濃密な性愛には規範的枠組が与える枠組侵犯のタブーがつきものですが、ネットを通じて「なんだ、そういうことをしている連中もいるのか」という「一般的他者」イメージの刷り込みで、規範的枠組が空洞化してタブー侵犯の濃密さもありえなくなる。 民俗学が言うように「子供は自由にさせて、元服以降は大人の責務を負わせて不自由にする」のが日本的伝統です。中高の制服みたいにね。欧州的伝統は真逆で「子供は不自由にさせ、大人になれば自己責任で自由にさせる」。「大人になると突然社会の掟を教え込む」日本的伝統が情報化社会の副作用を倍加するように働く点を、危惧します。子供の時分から過剰に情報を知って過剰に自由を与えられれば、大人になる前に希薄さに苦しむようになる。「子供の時分は不自由で、大人になるにつれて自由になる」欧州的経路を日本でも意識的に作らないと、社会から濃密さが消えます。高畠さんがおっしゃるように、不自由な人間が自由になる過程での落差こそが、濃密さを体験させます。この落差が以前に比べると消えています。それをどうするかです。 高畠 まだ教育というところで不自由さを作り出す可能性はあるわけですね。 宮台 あります。ただ、やはり線引きが難しい。不自由になると性愛が濃密になるのと同じことがサブカルチャーに見出せます。すると「貧しく不自由だけど豊かな表現に満ちた社会」と「豊かで自由だけど貧しい表現しかない社会」のどっちが良いかという「究極の選択」になります。表現にとっては、客観的にはどうあれ、主観的な不自由感が重要です。主観的に不自由だからこそ自由に憧れ、表現へと飛翔する。大正や昭和のモダニズムも60年代末以来のアングラもそうしたものです。韓国の大御所の映画監督三人に先の「究極の問い」を投げかけたら、全員が「表現が貧しても豊かで自由な社会が良い」と答えました。日本で同じ問いを投げかけると逆になるんですね。どの程度の不自由なら許容できるのか。どんな表現を豊かだと見做すのか。その線引きを誰がするのか。高畠 今となれば、情報そのものをコントロールすることは不可能なんですか。 宮台 成人に対しては無理です。だから教育なのです。例えば携帯電話は悪いツールです(笑)。電話というよりモバイルツールで、多くはメールとウェブで使いますが、〈生活世界〉の自立的相互扶助に必要な「同心円的人間関係」を壊します。子供部屋にいながら一番親密なのが匿名の変なおじさんみたいな。〈生活世界〉を空洞化させて〈システム〉にじかに向かい合わせ、個人に全失敗が帰責させられる。これは過剰負担です。タフな大人なら大丈夫でも子供には無理で、何よりも家族が空洞化する。僕なら子供に携帯電話を与えない。与えたとしても子供が帰宅したら携帯電話を食卓に置かせ、「親のいるところで話をしろ!」と(笑)。 辻 それは確かにモダニズムですよね(笑)。僕の研究テーマでもありますが、対人ネットワーク論的に見れば、メディアの悪影響が云々ではなくって、人間関係があるところで見ていれば、そんなにひどい事はおこらないんです。どんなにメディアの悪影響があっても、ちゃんとした対人ネットワークがあれば、それを跳ね返しちゃうんです。とすれば、やはりテレビも茶の間に置くのがいいのかもしれない(笑)。 今ご説明したのは、いわゆるマスコミ研究における、「強力効果論」に対する「限定効果論」のアンチテーゼですけど、「限定効果論」のエッセンスは、40〜50年経った今でも、全然色褪せていません。誰も指摘しないことですけど、インターネットや携帯電話に対する社会的対策としては、むしろ今こそ見直すべき議論だと思っています。 高畠 しかし難しいでしょうね。だって家族それぞれがそれぞれの方向に向いていますものね、一日の生活時間というものがね。家族が自然発生的に一つの部屋に集まりたいという気持ちが薄くなっています。 宮台 欧米は個室文化ですが、個室の使い方に智恵の蓄積があります。まず子供部屋には扉に鍵をつけない。一日に一回夕食時やティータイムには、全員が食卓に集まる。年に何回かイベントを儲け、遠くに離れた家族も集まって一緒に過ごす。個室化がいけないとは思いませんが、日本では伝統がないので個室の使い方が出鱈目です。家族と個室を両立させるには意識的な工夫が必要です。 宮台 でも間違った個室化もきっと進んでいるよ(笑)。 高畠 子どもの人格を認め過ぎてしまったんですね。 辻 僕なんかは子供部屋なんかなかったですよ。最初の勉強机は、縁側の廊下の隅っこに置かれていましたから。あまりに狭いので、やがてキッチンテーブルで、夕食後に勉強するようになりましたが、真横では父親がテレビを見ていたりしていました。でも、自分に子どもが生まれると、それが逆に良かったようにも感じます。だから、子供部屋なんかは作らないで、電話はお茶の間で家電話、しかも黒電話にしようかと(笑)。もし女の子が生まれたりして、彼氏から電話がかかってこようものなら、横でわざと大きな声で「ちょっと電話が長いんじゃないかっ!」(笑)そういう意味でも愛媛はいいところです。僕の住んでいるところでも、日曜日になると放送が流れるんです「今から公園の掃除をしますから集まって下さい」ってね。縁台文化というか地域ネットワークがまだ息づいているんです。 宮台 でも間違った個室化もきっと進んでいるよ(笑)。 高畠 因習の強い地域では、何か新しいものが入って来ると、それが急速に伝達されますよね。いいとか悪いとかを考える力は無くて、要するに右と左の真似をして来たのが近代以前の因習社会だと思うんです。だから結果は同じでも、自分で考えるという訓練はほしいですよね。 宮台 僕は「底が抜ける」のを阻止したい。ロボトミー手術で阻止するのには反対ですが、なんとか教育と文化で「底を手当て」したい。その際に、大正モダニズムや大正ロマンに見られる文物は極めて有意義です。そこには当時の誰もが抱いた夢や鬱屈があり、共通前提があります。僕たちには、誰もが自明な共通前提に包まれていた「不自由だから自由な」時代に「いい匂い」を感じます。既に述べたように、自由の裏には不自由があり、光の裏には闇がある。モダニズムの時代はキレイゴトじゃ済みません。振り返る僕たちは是々非々で線引きをしなければいけない。簡単に「いいとこどり」できません。昨今の甘口のノスタルジー・ブームを追い風にして、そうした作業に乗り出していきましょう。 高畠 これは魔性とか魔的要素とも関係があると思うのですが、大正ロマンティシズムを重要視していらっしゃる宮台、辻両氏こそ、現代の救世主たる群ではないかと思っているのです(笑)。私はロマンティシズムは一つの完結した運動であると同時に、過渡的な要素が強いのではないかと思うのです。つまり一つのリアリズムから次のリアリズムに移行する時、内面の文化として大正ロマンティシズムが存在したと思うのです。イメージの連続であるロマンティシズムが社会をつくるために、かえって社会から一度離れる必要があって、現存する社会の秩序と異なる動機づけが必要とされるのではないでしょうか。その意味では日本文化の中でも、おそらく初めて登場した個室文化も過渡期の一要素としてロマンティシズムの一翼を担っていると言えなくもない。そこに辻さんのいわれる大正ロマンの様な一瞬の魔力をどのように吹き込むかということではないでしょうか。辻 闇の部分がある社会、それを作り上げる必要がありますね。冒頭で<華宵萌え〜>は、重大な問題提起を含んだ、あえてする「誤読」だと申し上げました。大正ロマン館には、こうしたチャレンジを今後もぜひ続けていただきたいと思います。愛媛には、道後温泉界隈のように、モダニズムの香り漂う空間がまだまだ多く残されています。そうした文化的遺産をうまく取り入れつつ、特に若い人たちに向けて、発信していただきたい。機会があれば、私も学生を連れてこようと思います。社会学者は、理屈ばかり唱えやすいきらいがありますが、すばらしい文化的遺産をお持ちの美術館・博物館とコラボレーションさせていただくことで、なんだかとても面白そうなことができる気がしてきました。今後も、そうした文化社会学的実践に取り組んで行きたいと思います。 |